奄美アイランドホッピング 6日目 与論島
こんばんは!
遅くなりましたが、6日目、最終日のレポートです。
朝、7時からレストランアネリアの朝食会場へ。お散歩がてら、
今回宿泊したお部屋から、改装したばかりの海側スーペリアルームの前を通っていきました。
まるで日本じゃないかのような、ギリシャ地中海風の景色が広がっていました。
ブッフェスタイルの朝食です。
昨晩、夕食のコース料理がしっかりしてたので
朝はそんなに食べられませんでした😅
どこの島もだけど、猫ちゃんがたくさんいました。🐈人懐っこくてすりすり身体を寄せてきて、可愛かったな。
ホテルのプライベートホテルのプライベートビーチ🏖
8時近くになると、ようやく日が出てきました。
今日は、午前1カ所、与論民俗村へ。
現地の方が家族で営む、屋外ミュージアムのようになっています。
オーナーの村長さんという50〜60代くらいの男性に、30分ほど時間をかけて中を案内してもらいました。大学生くらいの息子さんも手伝ってくれて、売店のレジ打ちなどしていました。
↑手作りのカマキリをいただいちゃいました。
与論島のパパイヤ漬けにお茶をいただきました。
パパイヤ漬けは普通のお漬物とそんなに変わらず、ご飯が欲しくなる味です...。
与論の方言はもはや日本語ではなくて、現地の方同士が話していると、本当に何を話しているのかまったく理解できなかった!若い人が少なくなっても、なくなってほしくないものですね。
最後、昼食はプリシアリゾートホテル ヨロンに戻り、日本料理レストラン『ピキ』にてマグロ丼をいただきました。
デザートのマンゴーシャーベット🥭
昼食後、与論空港へ行き、14時過ぎのフライトで那覇へ。それから飛行機を乗り継いで、羽田には18時頃到着。
6日間で5つの島を巡り、毎日フェリーやら飛行機を乗り継いで、帰ってくる日も遅く、体力的には大変だったけれど、振り返ってみるとすごく充実していて楽しかったなぁと思います。
それは決して島々で見た景色だけではなく、むしろ、その島で出会った人たちのことのほうが、深く印象に残っています。どの島の人たちもみんな温かく、一生懸命に説明してくれて、木にみかんやたんかんがなっていると持って行きなとたくさんの果物をいただいたり。
私が最近出会った好きな言葉に、「旅とは人と出会うこと」というものがあります。まさにそのことを感じられた6日間でした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
また、過去の旅もあわせて投稿していきたいと思います。
奄美アイランドホッピング~5日目 奄美大島から与論島へ~
こんばんは!
昨日、6日間の旅から帰ってきました。
遅くなりましたが5&6日目のレポートです✎
まずは5日目。
午前中は引き続き、奄美大島の観光へ。
2連泊した山羊島ホテルを後にし北上、本日最初に向かったのは「大島紬村」です。
⭐大島紬村(おおしまつむぎむら)
奄美群島の絹100%の織物。「世界三大織物」のひとつにも数えられています。そしてこの紬村は、実際に泥染めや製糸、染色、織りの工程を見学することが出来る施設。
最後には、実際に織り機を使って大島紬を手織りする様子も見学させていただきました。1本1本丁寧に、「1日30cm織ることを目標に作業しています」とお話していただきました。
けっこうしっかりと、大島紬の工程などについて学ぶことが出来ました・・・。奄美大島を訪れた際はぜひ!
続いて、「奄美きょら海工房」さんを訪れました。
奄美群島(沖永良部島、徳之島、そしてここ奄美大島、与論島)をバスで走っていると、基本的に車窓からの景色はサトウキビ畑・・・そしてよく、製糖工場を見かけます。サトウキビは、島民たちにとって生活の大きな役割を果たしていることがよくわかりました。(家畜などのエサにもなるとのこと)
午前中最後に向かったのは、『リゾートホテル ティダムーン』に併設されている、またまた「大島紬資料館」と「大島紬美術館」です。
今回、コロナの影響で閉館していた「田中一村記念美術館」。(本当は行く予定でしたが・・・(´;ω;`))
奄美空港やほかのお土産店には売っていない、一村グッズもティダムーンさんの売店にはたくさんありました。🎵
昼食は、ティダムーンのレストランにて。
島御膳をいただきました🎵イカ墨汁の郷土料理「マダ汁」付きです。
また、余談ですが、現地の人は本当に暖かく、よく木からミカン、たんかんなどの実をとってくれました。自分の庭にはえているものを持ってきてくれたり。
島に到着し、約1時間のグラスボートツアーへ🎵
主に夏の時期、潮が引いた時期にだけ姿を現す、まさに「幻のビーチ」由利ヶ浜。
今回は、本当に運よく・・・ほんの少しだけど由利ヶ浜が出現していて、少しだけ上陸することが出来ました!!本当にラッキーだ('ω')
他にも、(写真はありませんが)グラスボートからはウミガメや脳サンゴ、カラフルなお魚など、いろんな生き物を見ることが出来ました🎵
夕方、ようやく本日のお宿にチェックイン。
夕食は、18時30分より、『アネリア』にていただきました。
余談ですが、ここ与論島は黒毛和牛の生産地でもあります。
台風が多いため、牛舎の屋根は吹き飛ばされてしまうことが多いのだそう・・・。
土のお料理もおいしくいただき、お腹いっぱいです!
コロナもあり、お客さんの数はかなりまばらでした・・・。早く以前のように戻ってほしいと願うばかりですね。
5日目はこんな感じでした。それでは、おやすみなさい⭐
奄美アイランドホッピング~4日目 奄美大島と加計呂麻島へ②~
こんにちは!
長くなってしまいましたので、前回の続きです。
午前、「田中一村終焉の家」と「マングローブクルーズ」をしたあとは、島の南部・古仁屋港(こにやこう)にある『せとうち海の駅』へ。
写真に見えているフェリーにて、お隣の「加計呂麻島(かけろまとう)」を目指します。出航まで時間があったので、海の駅2階の『シーフードレストラン』にて昼食です。
実はここ、古仁屋港近郊の海はマグロの養殖日本一の場所なのです。
マグロはさっぱりとしていて食べやすく、とてもおいしかったです☺
その後は、14時発のフェリーにて、加計呂麻島・瀬相港(せそうこう)へ・・・⛴
古仁屋港から瀬相港まではたった25分の船旅。あっという間に到着しました。
加計呂麻島に到着し、最初に向かったのは「於斉(おさい)のガジュマル」です。ここは、「寅さん」でお馴染みの映画『男はつらいよ』の最終作品、第48作の舞台となった地でもあります。記念看板が建てられていました。
ここは、第48作のマドンナであるリリー(浅丘ルリ子)の店があった場所でもあるそうです。(作品を見たことがないので全くわかりませんでしたが。。。)
並木の近くでは近所の小学生が釣りをしていたり、元気に「こんにちは」とあいさつをしてくれました。
のんびりとした島時間を体感することが出来ました☺
(写真はありませんが・・・💦)
もう1か所訪れたのは、呑之浦(のみのうら)にある「島尾敏雄文学記念碑公園」です。
島尾は、大学卒業後に第18震洋特攻隊隊長として、この加計呂麻島に移住。この島で妻のミホさんと出会い、後に純文学者として活躍しましたがこの加計呂麻島での体験が作品に大きく影響を与えたといわれています。
(こちらも作品を読んだことがないのでなんとも・・・)
その後は、ふたたび16時30分、今度は生間港(いけんまこう)からフェリーにて奄美大島の古仁屋港へ。
あっという間の滞在でしたが、とても素敵な景色を見ることが出来たなと思います。
その後、夕食は18時より、山羊島ホテルにていただきました。和会席料理の一部を紹介します。
そして、夕食の後は「奄美ナイトツアー」へ!
(約2時間~2時間30分のナイトツアーで1人8000円でした)
19時10分に、ガイドさんがホテルまでバキー車に乗って迎えに来てくれました。(観光後、ホテルに到着したのが18時だったので、かなり慌ただしい出発です💦)
この時期、夜でも気温は17~18℃くらい。とはいっても、窓のないバギー車は風がびゅんびゅん入ってくるので、かなり寒かったです。。
バギー車に乗り、1時間ほど走り、住用地区に到着しました。
今回のナイトツアーの目的は、なんといっても絶滅危惧種かつ日本で初めて天然記念物に登録された、「奄美クロウサギ」を見に行くこと!
※ここ、奄美大島と徳之島にのみ生息する、しっぽの短い幻のウサギ。夜行性動物のため、夜にならないと姿を現しません。
※この、ナイトツアーで周るエリアは、以前は何も規制がありませんでしたが、今は1時間につき入場できる車は4台までという規制のもとにあります(むやみやたらとたくさん車が入ると、夜行性の動物たちがびっくりしてしまうため、、)
そのため、この保護エリア内では、ほとんど車とすれ違うことはありませんでした。
ウサギを轢いてしまわないよう、エリア内では時速10キロメートルで、ゆっくりゆっくり走行していきます。
結論から言うと・・・なんと、「幻の」アマミクロウサギを、10~20匹ほど、たくさん見ることが出来ました🎵
クロウサギは、縄張り争いのために、道路の真ん中に糞をしにきます。そこから100m圏内を縄張りとしているのだそうです。
アマミクロウサギの特徴は、暗闇の中では目が赤いこと、そしてなにより尻尾がないこと・・・。この時期は、繁殖期のため、2匹でいる姿を沢山見かけることが出来ました。普段は1匹で行動することが多いため、かなりラッキーでした!
ガイドさん曰く、もともとこの奄美大島は中国と大陸で繋がっており、そこからやってきたのだそう。そして、世界に40種ほどいるウサギの中で、このアマミクロウサギが原種というか、すべてのウサギの起源種なんだそうです。
時期によっては、2時間走って1匹しか見られないこともあるそうです。
そして、アマミクロウサギ以外にも、珍しい動植物に出会いました。
他にも、シリケンイモリ、ケナガネズミ、リュウキュウコノハヅクなど・・・珍しい動植物を沢山見かけることが出来ました!
23時頃ホテルに戻ってきました。バタンキューです('ω')
奄美アイランドホッピング~4日目 奄美大島と加計呂麻島へ①~
こんばんは✰
昨日はホテルに帰ってきたのが23時を過ぎてしまい、、、バタンキューでしたので、まずは昨日のことから。
奄美アイランドホッピング4日目は、奄美大島の観光です🎵今回宿泊した山羊島ホテルのこともあわせて書きます。
朝食後、出発まで時間があったので、ホテルの周りを散策。👮
奄美大島にあるこの山羊島ホテルは、山羊がたくさん生活していた小さな離島だったため「山羊島」と呼ばれているのだそう。
ホテルでは、駐車場の奥の小さな小屋で3匹の山羊を飼育しています。
メー太とメー子。もう1匹いましたが、名前はわからず笑
山羊さんの写真を載せておきながらあれですが、奄美群島では「ヤギ汁」という郷土料理があります。その名の通り、大きな鍋でぐつぐつと山羊のお肉を煮詰めたお鍋。
徳之島などでも、「ヤギ汁屋」の看板を目にしました。奄美空港にもお土産として、鶏飯などと並んで売っていたり。
現地の人が口をそろえて言うのは、「初めて食べるヤギ汁はかなり臭くて食べられない!」のだそう。慣れるのには時間がかかって、地元の人でも食べる人、好まない人に分かれるとのこと。入学・卒業など、節目のお祝い事のお料理として食べることが多いみたいです。
《昔観賞した(タイトルは忘れた)島を舞台とした映画でも、山羊を殺して食べるシーンがあったので、あれは奄美のどこかの島が舞台だったのかもしれません・・・》
9時30分に出発し、奄美大島の観光へ。。。🚌
本日最初に向かったのは、「田中一村終焉の家」です。
⭐田中一村とは
「日本のゴーギャン」との異名も持つ画家。昭和33年、50歳の時に画家として生涯最後の作品に取り組む決意をみなぎらせ、奄美に移り住みました。奄美の自然に魅せられ、亜熱帯の植物や魚を精密な写生と大胆な構成で書き続けました。
長年住んだ借家からこの家に移った一村は、ここを御殿のようだといってとても喜び、新たな創作意欲を燃やしていたと言われています。
しかし、この地に引っ越してわずか数日の昭和52年9月11日、69歳で人知れず息を引き取りました。
大島紬の泥染め師として働き、その給与のほとんどを画材の購入に充てていたため、とても質素な生活をしていた一村がやっと手に入れた我が家で最後まで作品作りに没頭していたそうです。
家には入ることが出来ず、外観からの見学でしたが、一村の作品の中でよく出てくるアダンの木も植えられており、少し興奮しました。
続いて、住用地区にて約1時間のマングローブクルーズです。
若い船頭さんが私たちを乗せて、1本の竹のみでボートを漕いでくれました。
ここは国立公園内なので、エンジンなどの付いた船での移動は禁止されているため、カヌーや竹竿など、ひとの手で舟を動かします。
敷地は約7000haあり、何と日本で2番目に大きなマングローブです(1番大きいのは、沖縄県西表島にあるそうです)。
水位は1メートル、深くて2~3メートルほど。今は満潮ですが、干潮時はここが陸地になるのだそう。
チヌ(ミナミクロダイ)、ウナギ、(マングローブの宝石と呼ばれる綺麗な色をした)ミナミコメツキガニ、シオマネキ、しじみや、また運が良いとウミガメも見ることが出来るのだとか。
違いは分かりにくいですが、上の写真の葉がくるんと丸まっているのがメヒルギです(たしか)。
天気も良く、風もそんなに吹いていなくて、気持ちの良い船旅でした。
船頭のお兄さんはこの住用地区のご出身で、小さい頃はよくこのあたりで遊んでいたのだそう。
このあと、午後はフェリーにて加計呂麻島へと向かいました。
長くなるので、後半に続きます⭐
奄美アイランドホッピング~3日目 徳之島の観光、そして奄美大島へ~
こんばんは。
今日はかなり大変な1日でした。☔
終日ぐるりと徳之島の観光です。今日の徳之島町の最高気温は21℃、最低17℃。朝から雨が降っていて、天気予報の割には肌寒い1日でした。
本日最初に向かったのは、花徳闘牛場。
徳之島を代表する闘牛の、模擬試合を見学させていただきました。
ここで少し、徳之島の闘牛の歴史についてお話します。
⭐徳之島の闘牛
歴史は古く、400年前に遡ります。薩摩藩の支配下に置かれていた奄美。サトウキビ生産が激しく統制される「砂糖地獄」に苦しめられた島民唯一の娯楽として闘牛は発展しました。
今では年に3回(直近だと今月にも)、島では大きな大会が開催されます。
徳之島には約500頭の闘牛がいて、例えば1300㎏以上の横綱級など、階級分けされています。
牛主さんたちは闘牛をペットのように飼い(法律で賭博は禁止されているため、お金儲けのために飼育している人はいません)、闘牛大会で「全島一」を目指して日々闘牛のお世話をしているのだそう。
中には朝5時に起きて牛舎へ行き、エサをあげ、夕方にはビーチを足の筋肉をつけるためお散歩し、2時間かけてブラッシング、疲れを取るためリンパのマッサージをしてあげる牛主さんもいるそうです。
「牛を飼っているのではなくて牛に飼われているんだ」とお話されていました。(笑)
説明の後、2試合、模擬試合を見させていただきました。
ごつんと角同士がぶつかる音がして、にらみ合いの試合が始まります。
練習では牛の鼻に縄を結び、いつでもトレーナーさんの判断で牛同士を引き離すことが出来るようになっています。今回は島の高校生たちがリングの上に立って役目を果たしてくれました。
だいたいの闘牛たちは4~5歳になって初めて試合に出るそうです。
徳之島の闘牛は、必ず決着がつくまで試合を続行させます。決着の付け方は、牛が負けを認めて背を向け逃げるまで。早い試合では数分、長いと20分くらいになるそうです。
タク君(左)は、黒毛和牛として食用の牛でした。食用の牛は、肉のうまみの関係で睾丸を切り落としますが、タク君はたまたま切り忘れられ・・・闘牛になったのだそう。
自然界で生活をする牛は、もともと縄張り争いの為に闘うことを本能としていて、定期的に試合にでることでストレス発散にもなっているのだそう。平均して、試合に出るのは年に2~3回とのこと。
試合前、牛主さんは30キロ近くのニンジンを買って、食べさせているみたいです。
今はサトウキビの収穫時期なので、お米を炊いておかゆにし、黒糖を混ぜてあげたり、牛用の味噌を加えたり、結構おいしそうなものを食べています。
徳之島の闘牛について詳しく知れる、良い機会となりました。
続いて、午前中の観光をいくつか紹介します。
⭐金見崎ソテツトンネル
金見集落の畑の境界線と防風対策のために植えられたソテツですが、ゆっくりと時間をかけ自然のアーチとなりました。ほとんどのソテツが樹齢300~350年だそうです。
そのあとはムシロ瀬へ。
午前の最後は犬の門蓋(いんのじょうふた)の見学へ
ここは昔、大飢饉のとき、人畜を襲う野犬を海中に投じたという逸話からこのような呼称が付いたと言われています。
お昼は、犬田布地区にあるカフェ『おうちCAFE 島時間』にて・・・。
この、玉子の握りご飯がすっごくすっごく、美味しかった!!🎵
オーナーさん曰く、徳之島の塩で味付けをしているのだそう。玉子の下には味噌と白米がありました。いわゆる「島のオムライス」のような・・。
他にも豚のナンコツ煮込み、長命草の天ぷら、煮物などをいただきました。
またちょっとしたおやつに、100円で「かるかん」を購入。
こちらの長芋?ともち米などを合わせて蒸しあげたもので、優しい甘みのあるおやつ。
冷蔵庫に入れれば3日間くらい日持ちするそうです。
午後は、引き続き徳之島の観光へ。。。
徳之島は、「子宝に恵まれた島」「長寿の島」などとも呼ばれています。
今日はあいにくの雨で風も強く、午後はどしゃぶりでした。☔天気もどんより。
時間があったので、地元の産直『食彩館』へ。
レタスが30円で売っていて、びっくり。
30分くらい遅れて17時30分出航、名瀬港には21時頃に到着しました。
21時30分頃、ようやく本日から2連泊する山羊島ホテルにチェックイン・・・。
朝早くから観光に出かけて、土砂降りに暴風雨、フェリーに降られて船に酔い。。。
奄美アイランドホッピング~2日目 沖永良部島から徳之島へ~
2日目、本日のレポートです✎
今日の気温は最高気温20度、最低15℃と、朝から生ぬるい風が吹いていました。
そういえば、阪神タイガースの近本光司選手が、ちょうど同じこのホテルに泊まっているとのこと(野球は全然詳しくありませんが、朝食会場でそれっぽい方をお見掛けしました)。
自主トレーニングで1週間ほど沖永良部島にいらっしゃっているようで、地元の子供たちに野球を教えたりもしているみたいです。
朝食は、1階の朝食会場にて朝7時からいただきました。🍚
お味噌汁が少し甘めで、優しい味付けですごくおいしかった~!
さてさて、さっそく午前の観光へ。
本日は、和泊町を出発して、島の南半分、知名町へ。
写真はありませんが、途中、島の海沿いの道を集団で歩く小学生たちをたくさん見かけました。今日は、国頭小学校のイベント『島内一周歩こう会』の日で、なんと朝6時30分からスタートして一周55kmの道を歩いているのだそう‼
地元のお母さん曰く、子供に靴下を4枚重ねてはかせても、足にマメを作って帰ってくるのだとか・・・。かなりハードなイベントですね。途中、給水ポイントも見かけました。
本日最初に向かったのは、鹿児島県の指定文化財 天然記念物に登録されている『昇竜洞』です。
⭐昇竜洞(しょうりゅうどう)
愛媛大学学術探検部の調査団によって1963年に発見された昇竜洞。全長3500mのうち、600mが一般公開されています。
洞壁を覆うように形成される鍾乳石のことを「フローストーン」と呼び、昇竜洞内のフローストーンは壁一面を流れる巨大な滝が一瞬にして氷結したかのような美しさが壮観で、その規模と発達は全国最大級です。
(昇竜洞パンフレットより)
入洞料は、大人1100円です。
※洞内は薄暗く、水滴が落ちて足元が滑りやすくなっているため、ここで竹の杖と懐中電灯を借りることが出来ます。
最初は、下りの階段になっています。ところどころ説明のアナウンスが流れていて、説明に耳を傾けながら歩いていきます。
600mというあまり長くない距離ですが、フローストーンには「バナナの花」「きのこの森」「長寿の門」、「昇竜神社」に「熱愛の柱」、たたくと様々な音が出る「音楽堂」に「横綱の化粧まわし」など、見え方によってさまざまな名前が付けられていて、ゆっくり歩いて40分ほどかかりました。
出口に近づくにつれ、高さ120mほどしかない狭い道をかがんで通ったり、横向きにならないと通りづらいような道もあり、足元もかなり暗いので注意が必要です。
出口を出ると、少し南国らしい景色が広がっています。そしてまた100段ほど階段を登ったところに、お手洗いとカフェがありました(竹の杖や懐中電灯は、ここで返却します)。
昇竜洞を後にして、「奄美十景」のひとつに登録されている田皆岬(たみなみさき)へ。。。🚌
⭐田皆岬(たみなみさき)
高さ51mの断崖絶壁、島内でも屈指の景勝地です。運が良ければ、クジラの潮吹きやウミガメが見られるのだそう。
※駐車場には、お手洗いもあります。
岬の先端の展望台には柵がありますが、上の写真の芝生付近は柵もなにもありません。ウミガメやクジラを探して身を乗り出すと、かなり危険なので注意が必要です❕
田皆岬を見学した後は、昼食のレストランへ。。。
沖永良部の観光マップなどでもよく目にする『西郷食堂』さん。
ちょうど、お店の道路を挟んだ駐車場横には西郷隆盛がかつて流刑で沖永良部島にやってきた際に上陸した、「西郷隆盛上陸の地」があります。
西郷食堂さんでは、名物の「伊勢海老定食」をいただきました。
とてもボリューム満点で、美味しい昼食でした🎵
昼食後は、フェリーの出航まで時間があったので、すぐそばにある南洲神社へ。
神社に行った後は、道路を渡ってすぐ隣にある西郷南洲記念館へ。
館長?の宋さんが、詳しいお話を聞かせてくださいました。
宋さんは話し出すと止まらなく、軽く3時間ほど話してしまうそう・・・今回はなんとか30分でお願いしました。(笑)
実際に、この牢の中に入ることもできます。
⭐西郷隆盛と沖永良部
西郷隆盛は、1862年、薩摩藩主の島津久光公の怒りにふれ、ここ沖永良部島に流刑となりました。格子牢生活は夏は猛暑と蚊に悩まされ、冬は海からの寒風にさらされるという、正に限界の状態でした。
このような牢中生活を見かねた和泊戸長は、一身を課して格子牢から西郷氏を救い出しました。
1864年に罪を許され、鹿児島に帰るまでの1年半、西郷氏は島民には教育・道徳を、為政者には飢饉に備えて穀物を蓄える社倉法を伝えるなど政治の要諦を教えました。
西郷南洲記念館を見学した後は、伊延港(いのべこう)へ。
14時40分発のマルコーフェリー波之上にて、徳之島・亀徳港(かめとくこう)へ向け出港です。
フェリーの中には売店(出航後20分ほどでクローズしてしまいました)、レストラン(営業しておらず休憩スペースに)、自動販売機など、快適に過ごせました。
定刻通り、16時30分に亀徳港に到着。
そこから本日宿泊する『ホテルグランドオーシャンリゾート』までは900mと、あっという間に到着です。
ホテルが位置するのは、徳之島で一番大きな繁華街「亀津」。徳之島町の人口の半数以上の人々が暮らしていて、街にはたくさんの飲食店や商店があります。
ホテルの前にもいくつかスナックや、ホットモットなどのお弁当屋さん、居酒屋などがありました。
夕食は、ホテル2階のレストラン『ブルーマリン』にていただきました。
またしても、お味噌汁が少し甘めで優しい味付けで美味しかったです。。。
長くなりましたが今日はここまでです。
余談ですが、沖永良部島には大手コンビニチェーンはなく、1件だけ24時間営業しているコンビニがありました。ここ徳之島は沖永良部島より小さな島であるにもかかわらず、なんとファミリーマートが2軒もあります❕けっこう栄えている島みたいです。
明日は、徳之島の観光後、奄美大島へと向かいます。おやすみなさい⭐
奄美アイランドホッピング~1日目 沖永良部島~
今後旅行などで行く方の参考になればと思って記事を書きます!
鹿児島県・奄美群島に所属する、外周55kmの小さな島。火山隆起ではなくサンゴ礁の隆起によってできました。
人口は約1万2千人ほどで、冬でも20℃近くある亜熱帯性気候。観光業に力を入れ始めてまだ歴史は浅く、もとは農業の島。なかでもジャガイモは2月から収穫を始めるという、日本で最もジャガイモの収穫時期が早い地域でもあります。
えらぶユリや鉄砲ユリなど、ユリの花はGWあたりに目を出し、ユリの名所としても知られています。
朝、羽田空港から、10時20分発のJAL909便にて那覇空港へ・・・🛫
国内線だと、進行方向右側が富士山とかいろいろ🗻見えるのだけど、
左側だったので景色は基本海でした(笑)
オミクロン株の流行で、全然人が乗っていませんでした。
13時10分頃、那覇空港に到着。
そこからJAL3715便に乗り換えて、沖永良部空港までは1時間弱。
えらぶゆりの島空港は、平屋で小さな空港でした。
到着後、さっそく観光へ❕❕
最初に向かったのは、和泊町・国頭にあるフーチャ(潮吹き洞窟)です。
一番迫力ある景色が見られるのはやっぱり台風シーズンとのこと。
今日は、波も比較的穏やかだったのであまり迫力はありませんでした。
フーチャの周りの道には、亜熱帯植物のカサトベラがたくさん群生していました。海に顔を覗かせると、ウミガメがぷかぷかと顔を浮かべていました🎵可愛かった~。
そのあとは、またバスを5分ほど走らせて、国頭小学校内にある「日本一のガジュマル」へ・・・。🚌
創立122年の和泊町立国頭小学校。
沖永良部島に小学校は6校あって、なかでもこの国頭小学校の児童の数はだいたい66名くらいだそう。
中に入ると、ちょうど校長先生が校庭の草花を手入れしているところでした。
なんと、天皇陛下・皇后も訪問したことがあるのだそう。記念碑が建っていました。
このガジュマルは第一期生の卒業記念に植えられたもので、樹齢はおよそ116年。
校庭のいたるところに、卒業生たちの植えたガジュマルの木が。
16時頃で、ちょうど児童たちの下校時間に重なって、子供たちも校庭にたくさんいました。
そのあとは、またバスを5分ほど走らせて笠石海浜公園へ・・・。🚌
公園の中心には、沖永良部特産の百合の形をした展望台が。
周りにはソテツの木がたくさん植えられていました。
奥に見えるちょっと変わった岩ですが、笠の帽子をかぶっているように見えることから、「笠石海浜公園」と名前が付けられたのだそう。
何もない沖永良部島ですが、海が透き通っていてきれいです❕
ただ、沖縄に近いということもあって、軽石も少し流氷していました。
公園は、1人として誰もいなかった。。。
シャワールームとかがあったから、夏になるとマリンスポーツを楽しむ人でにぎわうのかな?という印象です。
その後は、宿泊ホテルへ・・・
今回宿泊したのは、和泊港の側の太平洋側に面した『ホテルシーワールド』。
こぢんまりとしたホテルです。
シングルルームを利用しましたが、改装されているのかけっこう新しくて清潔なお部屋でした。
ホテルの中に売店はなく、歩いて5分ほどの場所にある『きくや商事』までお散歩。
酒屋ですが、スーパーと同じで色んな日用品や食料品、お土産も売っていました。
沖永良部産じゃがいもを使用した、黒糖かりんとうを購入!(290円)
甘さ控えめで、かりんとう特有のねっとり感もなく・・・美味しかった🎵
夕食は、ホテルの隣にあるお寿司屋『いづみ寿司』にていただきました。
今日はこんな1日でした。
ではでは、明日に続きます。。。